『シャボン玉飛んだ』
「父はあまり人の言うことを聞かず、ワンマンだった」と、敏子さんから聞かされた。
敏子さんの言葉の間から頑固な父親と精神的な距離を置くような感情が匂う。詳しくは知らないが、敏子さんは結婚して娘をひとり授かったが、夫が精神的な病に掛かってしまい離婚したという。何か?複雑な事情があるらしいが、お爺さんの「死」に対しては、あまり悲しみの心情が汲み取れなかった。
若い時、頑固なお爺さんは、自分のしたいことを優先して、お婆さんの要望をあまり受け入れなかったらしい。またお婆さんも性格上控え目で、自分の要求を押し通すこともあまりしなかったようだ。良く言えば古風な大和撫子だと、私もそう思っていた。
父親は家族を養う存在で、仕事に忙殺される。ひと昔前はイクメン(育児する男性)という言葉もなく、育児の担当、義務から離れていた父親という存在が普通だった。
私の父親にも自分で経営する鉄工所で、朝から晩まで、油まみれ埃まみれになって真面目に働き、無駄口を一切たたかない孤独で寡黙な男のイメージがある。
私が高校生の時だった。
「あんなに酷い嫁を貰わなければ良かったのに」と、嫁と姑のぎくしゃくした関係に疲れた母が父を攻めた時、珍しく酔っていた父が激怒し、火の入った火鉢を投げつけたことがある。
父にして見ればとても良い縁談だと思って、戦友、岡村太助の娘、兼子を長男、昭一の嫁に貰った結果、嫁と姑間の不仲による家庭不和をもたらすとは思いもしなかった。
兼子が嫁に来た当初は猫を被っていたが、次第に自己中心的な荒い気性がばれてしまい、性格的に大人しい昭一を尻に敷き、昭一が脳梗塞で倒れた後は、身体の不自由な昭一を影で虐待に近い扱いをした。だから、嫁と姑間の間にも亀裂が生じて喧嘩が頻繁に起きたのだ。
父は母からたびたび責められるストレスをずっと我慢して来たが、酒に酔っていたせいもあるがついに耐えられなくなり、感情を抑えきれずにぶち切れてしまったのだ。
私は母を庇うと同時に、そんな父の激しい行動を見て驚き、火鉢の灰で真っ白く染まった部屋で立ち尽くしている父の姿に男の切ない哀愁、哀れさ惨めさを感じてしまったのだ。
男は仕事が忙し過ぎると、夫婦二人で子育てする観念が少なくなる。すると子供の愛情は、必然的に母親へと流れてしまう傾向がある。父親とは、男とは寂しい存在かも知れない。
お爺さんの家庭もいざとなったら、お婆さん似の子供達は、お婆さんの味方をするのか?お爺さんはもう年を取って性格的に丸くなり、みんなに優しかったから、そんなはずはないと思いたい。でも、お爺さんも愛情表現にはかなり不器用な面があったのは確かだ。
衝撃だったコメデアン、志村けんさんの死去。連日のテレビ、新聞報道では、新型コロナウイルス感染者や死者の数が増え続け、まだまだ新型コロナ終息の気配が見えない。
コロナ渦をどう生きるか?新型コロナウイルスと共存、共生する。「新たな日常生活」を始めることが果たして可能だろうか?新型コロナウイルスの時代を賢く生きる。後悔しない人生を送るにはどうすれば良いのだろうか?
もう「普通の日常」は訪れないかも知れない。パソコンもスマホも持たず、スマホ携帯電話の操作も満足にできない年寄りが多い。そんな彼等は、時代の早い流れにどう対処すればいいというのか?時代の潮流に翻弄されて、現実という川の中州にただ取り残されてしまうのだろうか?
力道山が空手チョップで外人を倒すと言う戦争敗戦の意識を拭い去る如く、プロレスに日本中が熱狂した象徴的な昭和。高度経済成長期の時代は去り、平成から、さらに令和へと称号が変わり、新しい時代の波に高齢者は流されて溺れてしまうのか?
これからはコロナうつに蝕まれても気が付かない、年寄りの孤独死が増えていくだろう。
一生懸命働いて、昭和を支えてきた年寄りが。真っ先に犠牲になる。新型コロナウイルスによって社会情勢が変動し、昭和という時代の生き残りたちが消滅して逝く。
老後の生活の余生を幸せに満喫できればいいのだが、人間は所詮、年老いて孤独で死んで逝くのが運命なのだ。
営業停止勧告を無視したパチンコ店に人が殺到する。また営業が自粛されていない他県のパチンコ店に我慢できずに遠くまで出向く。彼等は自己の小さな欲望に勝てないのだ。
新型コロナウイルス感染の恐怖からか?営業自粛しない店を攻撃したりする、自称「自粛警察」も出て来ているという。根本的な物事の正確な判断ができないで、ストレスから他人を攻撃する人たちだ。自粛疲れで致し方ない面もあるが、ここでこそみんなが我慢しないと、新型コロナウイルスは感染した人々の心をも傷つけてしまうだろう。
新型コロナウイルスの影響で、家族が自宅にいる時間が多くなり、自殺者数が減っているという皮肉な現象がある。しかし、これか
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